「お互い、同時に一目惚れでした!」
張さんが日本滞在中に火鍋(しゃぶしゃぶ)パーティーの席でお互い最初に出逢われた時のお二人のコトバです。
張さんは横浜商科大学時代を含め、10年間日本に滞在され、現在、主に中日ネット貿易のお仕事をされています。
「普段は日本語での会話ですが、たまにケンカしたとき、彼は青島弁の中国語を発します(笑)」とニコニコ顔の奥様は現在、日本語教師。大阪出身の浪花女でハッキリと何でもおっしゃります。
“国際結婚”だということで何か障壁はありましたかと向うと
「特に両方の両親から反対もなかったですね。二人を信用してくれていましたから」と張さん。
「法的手続きとかが繁雑でしたが、思ったより大変ではなかったです。でも通常の身体検査以外に子供を生める能力があるかなども調べられました…」と奥様。
「2~3年後には子供がほしいです。そしてそれまでに二人で世界各地の海の風景を見にゆきたいです」と二人で夢を語られます。
国際結婚を平穏に過ごしていくための秘訣のようなものは何ですか?の問いに
「妥協です。どこかやっぱり、お互いに譲り合わないと…。“外人粋”が必要です」と奥様、ハッキリと笑顔で。
「文化、教育、歴史、習慣等々が違うのですから、話し合って解決しています」と張さん。
奥様に、これだけは張さんにやめてほしいということはありますか?と問うと、
「お母さんに毎日、何回も電話することです。一回ですませてほしい。」
「僕は中国の一人っ子政策の犠牲者です(笑)」と張さん。
こんな話題でもお二人は息が合って明るく話されます。お似合いの夫婦ですね。
「来世でも一緒になりたい!」
「日本の関西にマイホームをもらいたい!」お二人のビジョンです。
最後にお二人にとって“青島”とはと問うと素晴らしいコトバいただきました。
張、岡本さん一家に“喝采”
「特別な場所です。私のふる里でもあり、大好きな友人達、大事な親戚のいる場所です」張さん。
奥さまは
「青島は今の私にとっては通過点の場所です。でも人生の最後に必ずここに戻ってきます!」
協力 李村 日本料理店 六本木
家族の肖像
ご主人 DANNY QIAN(54)/奥様LING(54)
息子さん chris (28) オーストラリア建築会社北京支店 建築家
「まあまあでした~(笑)」
初対面の最初の印象はお互いどうでしたかと聞いた時の奥さんの言葉です。(笑)
お二人は25歳同士の時、青島の海のそばの八大関で親の友達の紹介で、出逢われました。
ダニさんは「当時はまだまだ恋愛結婚が少ない時代で、お見合いでした。僕は一目惚れでした、だから第一回目の見合いで結婚したことになります(笑)」。3月3日が結婚記念日だそうです。でも1回もお祝いをしたことがないと聞き、来年30年目の記念日なので是非、お祝いをされたらというと「アドバイスありがとうございます(笑)」と奥様。
ダニーさん一家のストーリに避けて通れないのがニュージーランド(以下NZ)。
ダニーさんは95年頃、貿易会社に勤務されていて、NZによく出張で行き、気に入り。住みやすいところで息子教育にふさわしい場所だと移住を決意されたそうですが、しかし奥様は「もちろん反対しました。私は病院で管理職をしていましたし、お給料も良かったですし、それにNZに行ったら両親の面倒をきちんと見られないのがいやだったのです……。でも息子の教育環境が大事と思いました」。でもやはり何かとご苦労があったでしょうと問うと「本当に大変でした。一番辛かったのは友達がいなかったことですね。CAFÉ仕事ばっかりで友も作る暇もなくて……。でも何とか時間を作って学校も行き、免許もとって……主人はその時でもやさしい言葉をかけてくれなくて……辛かったですよ。でも今はもう怒っていません(笑)。貴重な修練、経験でした。子供の教育もきちっと出来ました。友達もできました。お互いを理解し合うことが大事だということもわかりました。」
来世でも一緒になりますか?
ご主人「もちろん!!」すぐにはっきり大きな声で。
奥様「いま、言えません!これからの主人の態度しだいですね!(笑)」
この答えに一同、大笑いでした。
メッセージはありますかと問うと奥様は「長年、働き住んだNZから帰ってきました。これからは青島にずっといます。両親を含めた家族の安定を願っています。そして、できたら忙しくしている息子と親子3人で少し旅をしたいです。息子もそれを願っています。」
「KIWI CAFÉをオープンして、1年間いろいろありました。多くの人に支えられて、感謝しています。これからもNZ料理、NZ文化を真面目に皆様にお伝えしてゆきたいです」とご主人。
最後にお互いにどうぞと問うと素晴らしい答えが返ってきました。ダニーさん一家に喝采!!!ご主人「いえ、いえ~~~特にありません(笑)」とこわごわでした。
奥様は「もっと私を見てください、私をもっと大事にして!!仕事ばっかりしてないで!!!(笑)」
DANNY QIAN先生今年54岁,和夫人林女士一起居住在青岛,现在经营这一家具有独特风味的新西兰特色咖啡厅。儿子今年28岁,在北京一家澳大利亚建筑公司做工程设计师。
DANNY先生与夫人最早在青岛的八大关海边相识,并在一起建立了美满和睦的家庭一直至今。两人虽然很和睦但是并没有在一起庆祝过结婚纪念日,不过马上就到结婚30周年了,所以夫妇都表示这次一定要好好庆祝一下。
最早去新西兰是DANNY先生的工作所需,之后林夫人辞去了中国的工作跟随DANNY到了新西兰,虽然舍不得这边的父母,但是为了能让孩子有个良好的教育环境,所以克服了语言和水土不服等种种困难,在新西兰一住就是许多年。现在在新西兰结交了许多朋友,孩子顺利的完成了学业,而且有了一份很好的工作,所以夫妇两人决定搬回故乡,可以更好的照顾家里的老人,百事孝为先,这是夫妇两人通过实际行动向大家展示了中国传统尊老爱幼的优良品德。
今后DANNY先生打算继续奇异咖啡做成更加人性化,更加吸引人的优质新西兰风格咖啡厅,为广大客户做出更好的服务。
八木武志(30歳) 幸子さん 瑞葵君(9ヶ月)
一家に喝采
「それが失敗のはじまりでした――――(笑)」
お二人のどちらからアタックしましたかの問いに奥様は私の方からですと正直に答えられた後の破顔一笑のコトバです。
その時、御主人はニコニコとされていました。八木さんは神戸、奥様は埼玉の所沢出身です。現在お二人は部署は違いますが軟脳離岸資源(青島)有限公司。ソフトブレーン・オフシュア株式会社で働いておられます。しかし、最初の出会いはソフトウェアパーク内で、「お互い隣同士の会社で働いていたので顔は知っていました……」そしてお二人とも音楽が好きで、仲間たちとバンドを結成、ご主人はベース、奥様はなんとドラム!すごいですね。
そしてその頃に急速に接近2010年2月にゴールインされました。
「僕は中国語よりもポルトガル語を一生懸命勉強していました。ブラジルに行きたかったんです――」とご主人...でも結果的には5年前に日本語教師として青島に来られました。奥様は日本の会社からの転勤という形で中国へ。
お互いにこれだけはやめてほしいというのがありますかとの問いに
「決めたことをやらないんですこの人は、そして朝寝坊」と奥様「ありません。よくやってくれています。ありがたいと思っています」とご主人。そしてやはりおニ人にとって瑞葵君のことがなによりも大事なこと。出産は日本でされたとのこと。
「やはり、いろいろな方からのお話をきいてこちらで出産するのは不安でした。勇気もなかったですね。だから、こちらで出産された方はすごいと思います。」
「やはり子供の体が一番心配です。病院関係のことが悩みです。気軽にいけるクリ二ックガあればいいですがー」
お二人共、青島はお好きだそうです。
「街が大きすぎず、小さすぎず、いろいろな意味で住んでいても苦にならない。それにこの中国ガ青島が今后、どのように変貌してゆくかの姿をここで見てゆきたいです」と異口同音におっしゃいます。
最後にお子様に望むことは何ですか?と問うと。素晴しい答えが返ってきました。八木さん一家に喝采!
「子供はのびのび育ってくれればいいかなあー」とご主人
奥様は「男の子なんでまわりの人を助けあげられるような器量の大きな子に育ってほしい!」

「青島の事は何も知らなかったし、不安が多かった。だから一生懸命頑張りました。」と宋さん(33)、家族亭と北海道亭の2つの店の店主です。
「すごく疲れましたけど、今、充実しています。うまく乗り越えられました。」奥様(32)も微笑みながらの言葉です。
開店して1年半になりましたが、ご苦労も多かったでしょと問うと、
「いつも二人で相談しあって、解決してきました」夫唱婦随ということばがこれほどお二人に似合うのは、出会って10年。途中宋さんが日本にいってしまって3年間の遠距離恋愛を経て3年前にやっとゴールインというせいなんですね。
お二人は仕事がら休日がないので2人でのショッピングが唯一の楽しみだそうです。
「店舗を増やしたい、大きくしたい、そして年をとったら二人で田舎へ戻って、野菜を作りたい、花も栽培したい」
「子供はもちろんほしいけど、もうしばらく安定してから」将来の夢を二人は異句同音におっしゃいます。
写真撮影があるということで、当日、奥様は隣のヘアーサロンでヘアーセット。向かいの化粧品店でメイク、全て、隣人達の好意で無料!すごいことですねと言うと「周りの人達が親切で家族みたいです。ありがたいです。」と。
最後、奥様に夫婦って家族って一言で言うと何なんですかねーと問うとしばらく考えてから素晴らしい言葉頂きました。宋さん一家に喝采!
「お互いを信じて、決して失ってはならないもの。」
家族の肖像 CHANTER 6
平松久(41)尼崎市出身 何茉琦 青島市出身 お子様 平松舜(10々月)
『いいんですけど、でも私は生まれ変わったら男になりたーい(笑)』
来世でも一緒になりますかとの問いに、本当に明るい奥様のコトバです。
お二人は、あの有名な柔道家、山下泰裕さんが外務省の方と一緒にきて日中友好のため、中日友好柔道館を設立、そこに平松さんが門下生としてかよっている時、奥様が青島柔道0協会の秘書していらしゃった関係で知り合われました。平松さんは現在、青島日本人学校の事務職をしていらっしゃいます。国際結婚ですけど、大変でしたかの問いに
平松久:『結納とかの中国語での対応ができなかったのでぼくは柔道館の副館長が日本語できたので助けていただき、家内は青島正璽国際貿易有限公司の曲瀟さんに助けてもらって、なんとかゴールインできました』
何茉琦:『私は家族全員が、映画やTVの影響で日本人は怖いというイメージと遠い場所だと認識があって、皆、不安がっていました。でも、うちのお婆ちゃんが、一度、私が会って見ると言ってくれ、会い、そして、映画でみている日本人じゃないから、大丈夫とOKをもらいました。(笑)
NAVI: 舜君が生まれてからのお二人の夢は?
平松久:『三人で、日本のディズニーランドに行きたいです!なぜなら新婚旅行がディズニーランドだったので』(笑)
NAVI: お互いに対して一言どうぞ。
何茉琦:『やさしい人ですよ、でも日本語を教えるときは厳しいです(笑)』
平松久:『明るいです、僕にとって‘太陽’です』
NAVI: なかなかいえないコトバですね、感激しました。舜君に何か希望は?
平松久:『三ヶ国語、話せるようになってほしいです』
何茉琦:『自分の人生なんだから、自分の力で幸せをつかむ子になってほしいです』
NAVI: 青島はどのような町ですか?
平松久:『私の子供の頃の尼崎にすごく似ています、私の実家は市場でして今住んでいる周りも市場があるんで…』
何茉琦:『好きな場所です、天気もよいですし、海鮮もおいしい。家族・親戚みんな青島です。』
NAVI: 最後に国際結婚について一言、お願いしますという問いに、素晴らしいコトバをいただきました。平松さん一家に喝采!!
平松久:『国際結婚は苦労が多いですが、楽しいことも多いです。チャンスがあれば皆さん、積極的に!』
何茉琦:『中国人と日本人の結婚は大丈夫です。ほんとの心とほんとの心がかよった結婚は幸せです!』