大和撫子連載 玉井真澄様

みなさん、初めまして。井上智美さんから紹介していただいた、玉井真澄です。青島に来て、早8年。青島のめまぐるしい変化にただただ驚くばかりです。1997年に旅行で訪れたときは、舗装されていない道路も多く、今のようなきらびやかなお店などもなかった青島ですが、今や生活に何不自由ない大都市へと大きく変わりました。

≪家族構成≫
私は2005年に山東省日照市出身の主人と結婚し、2007年青島で長女を出産しました。検査で妊娠していることが分かり、その場でお医者さんに「で、いるの?いらないの?」と無愛想に言われた時は、さすがにムッときましたが、それからのほぼプライバシーのない定期検診にもだんだんと慣れ、出産までスムーズに行きました。その長女も今は幼稚園の年中組、中国語を上手に操ってます。「お母さん、そんなんじゃ駄目でしょ!」と逆に叱られることもしばしば…。

≪マイホーム≫
中国では男性は、家を持っていないとなかなか結婚できないと言われます。(今では、プラス車だそうですが…。)ですから、男性自身はもちろん、男の子を持つ親のプレッシャーは大変なものだと思います。日本人の私にとっては、結婚する際、家はあってもなくてもどうでもよかったのですが、やはり「面子」でしょうか、うちの主人も「家を買ってからじゃないと、結婚できない!」と、中古ながらも「マイホーム」を購入しました。その家は、立地的には最高だったのですが、一階がカラオケ屋さんで、もちろん(?)防音対策もされておらず、夜中まで酔っ払いの大合唱、ときどきアカペラオンステージ、出産直後の私には耐えられないものでした。ですから、その家をすぐさま売りに出し、私たちはまだ生後3カ月の娘を連れて、他に部屋を借り、引っ越ししました。そこには3年ほどいましたが、再度「マイホーム」購入を決定。しかし、そこからが大変でした。こちらでは、内装から自分でやらなければなりません。内装業者探しから、資材調達、現場監督(手を抜いていないか見張る)まで、仕事の合間を縫ってしなければなりません。ま、私はほぼ主人任せでしたが…。主人は「もう二度としたくない!」と嘆いておりました。
そんな我が家も少しずつ私好みの感じになってきています。マンションの管理会社も24時間体制でサポートしてくれるので、非常に気持ちよく生活できています。もう少し、中心に近ければ、言うことないのですが。ちなみに、現地の若い人には、依然のような豪華な内装よりもカントリー風の自然体の内装が人気があるようですよ。

 ≪仕事≫
永住組の一員である私ですが、娘の出産時に2年ほど休んだ以外は、ずっと日本語教師として働いています。出産までは、語学学校や大学を転々としてきましたが、現在は青島にある日系人材派遣会社の教育部に籍を置き、日本派遣を希望する機械専攻の大学3,4年生に日本語を教えています。授業は大学内の教室で行っているので、中国の大学生の生活がよくわかります。彼らは大学内の寮に住み、毎日寮と教室の往復です。4年の前期までは朝8時から夕方まで授業がぎっしり詰まっており、授業後も教室で自習、土日も教室で自習をしています。ですから、「昨日何をしましたか?」と質問しても、「勉強しました。」という答えばかりが返ってきて、なかなか話が広がりません。しかし、専攻の勉強と日本語の勉強を両立させている彼らの勤勉さと根気強さには本当に関心しっぱなしです。そして私が何よりも好きなのは、彼らの純朴さです。「きれいな女の人」、「ハンサムな男の人」という言葉が出るだけで、キャッキャキャッキャする学生たち…。私にもそんな時期があったのかどうか、今となっては思い出せませんが、そういう光景を見るたびにほんわかとした気持ちになります。
中国には、9月10日に「教師節」があり、その日先生たちは学生から感謝され、花束などのプレゼントをもらったりします。私ももう何度も経験してきましたが、やはり感謝されるのは気持がいいものです。また、「明日からまた頑張ろう」という新たな気持ちにもなれます。日本にもこういう日があるといいなあと思います。
日本語教師という仕事は、授業以外にも授業の準備、宿題添削などにたくさん時間を費やす仕事です。寝る時間や休みを削って仕事をなさっている現役日本語教師の方々もたくさんいらっしゃると思います。でも、学生からの「ありがとうございます。」という一言、「先生の授業を受けてから、日本語の勉強が好きになりました。」という一言で、その苦労も一気に吹き飛びます。そして、「あいうえお」から始まった学生が日本語で面接が受けられるようになるまでに成長した姿を見ると、本当に教師冥利につきます。ですから、この仕事はなかなかやめられないのです。
中国で働いていて、いいなあと思うのは、子供がいる女性にも寛大なところです。娘が1歳9カ月のときに今の会社に入ったのですが、始めの2年ほどは娘が熱を出して仕事を休んだり、幼稚園のお迎えの時間の関係で早退することが頻繁にありました。そのたびに、上司(中国人)は「大丈夫です。こちらのことは心配しないでください。」と優しい言葉をかけてくださいました。そして、一年に一回、夏休みに日本へ長期(1カ月)で帰りたいという私のわがままにも応えてくださっています。
この異国の地で、素晴らしい同僚と学生たちに囲まれ、夢でもあった日本語教師の仕事を楽しくやらせていただいてる私は、とても幸せだと思います。小さい子供がいながらも、ここまで仕事を続けてこられたのは、会社や学生たちの理解のおかげです。この場を借りて、感謝を申し上げたいと思います。

 さてさて、中国生活がトータルで10年目を迎える今年、大きな変化が起こる年になりそうです。そして、自分を見つめ直すいい機会にもなると思います。やはり、人生にはよくも悪くも「変化」が必要なのかもしれません。何だか意味深な終わり方になってしまいましたが、皆様にとっても今年2012年が充実した、素晴らしい年となりますように願っております。

 それでは、次は青島3年目の山田美和さんへバトンタッチ!
 

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